6/10/2013

ワーキングマザーの趣味活動

今年初の水遊び - 戦わない子育て -

あまり関心ないと思うけれど、私の趣味の話。

小さい子供がいる家庭で、親が趣味活動をどのようにしているか調べたことがあった。
お父さんのブログってそもそも少ないのであまりいいサンプルはなかったのだけれど、お母さんの方はお裁縫とかガーデニングとかパン作りとか、とにかく実益を兼ねているものが多かった。

私の趣味は何かというと、

オーケストラ活動

です。
バイオリンを弾いています。
今のところ、まったく実益がない。
息子は関心ないみたいだし。

で、これらの情報で検索をかけると、まず間違いなく、「こどものオーケストラ活動」がヒットする。
あとは、こども音楽教室。
親がオーケストラ活動時間をどのように捻出しているか、という話題はほとんど引っかからない。
託児のあるオーケストラもたくさんあるので、子連れ活動家もたくさんいるんだと思うんだけれど。
私の探し方が悪いのか。

それはともかく、この「オーケストラ活動」、いろいろ大変なんである。
ガーデニング等と違って、

  • 時間と場所が決まっている
  • 家で個人練習しなくてはならない
  • もちろん子供の相手をしながらはできない
  • 託児を手配しなくてはならない(主にオット)

と、事前に根回しが必要なのだ。

加えて、息子は「お母さん依存症」がここ最近悪化の一途をたどっており、息子を置いて出かけるとなると、大変な大騒ぎだった。外まで聞こえる泣き声を背にして、ここまでして続ける理由があるのかと自問自答する日々であった。
ただでさえ、保育園に子供を預けて働きに出ている、というだけで後ろ指差されるような文化がまだあるのだ。
さらに週末すらきちんと相手にしないなんて、どうかしていると言われてもおかしくない。
(私は悪いことなんて一つもしていないんだけれど!)

オットと息子の犠牲(というのもアレなんだけれど)を払って、息子が4歳になったころ、活動を再開した。
妊娠期から5年近くブランクがあって、そろそろ始めたかった。
オットも「今年は始めたらどうか」と自ら言ってくれたのも追い風だった。
(素晴らしいオットだ!)
最初は練習の見学ということで、夜出かけても何とかなるかどうか実験期間を設けて、なんとかなりそうだと判断した時点で、正式復帰をした。
でも、それでも、やっぱり厳しかった。
子供の精神状態も波があるし、もちろん病気もする。
本番の日に熱を出されるのが一番の懸念だった。

なだめたりすかしたりしながら、なんとか先日、復帰第1回目の本番を終えた。
結論から言うと、

驚愕の楽しさだった。

この趣味だけはやめられないなー、と気持ちが新たになった。
自分の音が重なっていく感じ、一緒に演奏している人たちの息遣い、指揮者とのやり取り、それから趣味でつながっている人たちとの交流。
本番はもう、舞台での時間が愛おしすぎて、涙が出てしまったくらい。

息子にも、「だって、これを含めてお母さんなんだから、あきらめてね」と自信を持って言いたい。

***

岡田斗司夫さんが、朝日新聞の「悩みのるつぼ」という人気連載をしていて、それをご本人のブログに書き起こしたものがあります。
岡田斗司夫なう。 悩みのるつぼ
これを読んでいると、「私が自分の好きなことをやり続けることは、まったく悪いことでもなんでもないのだ」と思える。
まあ、自分の都合のいい情報だけ引っ張ってきて、都合のいいように解釈しているだけだ、と言われれば、全くその通りで反論もできないのだけれど。
うーん、この気持ちを表現するには、私の表現力に問題がありすぎて言葉にならない。

6/03/2013

6つのコショク

ちょっと古い話なんだけれど、5月2日、ゴールデンウィークの谷間に、保育園で保護者会があった。
保護者会自体は出席者も少なくて、まあ、残念な感じだったんだけれど、ひとつ、面白い話をうかがうことができた。
調理の先生が同席してくださって、「6つのコショク」のお話をしてくださったのだ。
「コショク」ってなんですか? | さいたま市 食育なび

一番気を付けなければいけないのは「個食」、つまり、一人ひとりが違うメニューを食べること。
お惣菜が安価で種類も豊富だし、手軽に食べられるようになったため、「個食」が増えたんだそうだ。
基本はみんなで一緒に同じものを食べること。
お惣菜を利用してもいいけれど、みんなで同じお惣菜にすること。
嫌いなものも、好きなものも、テーブルに並んだものしか食べられないんだということ。
好きなものを自分で選べるのはレストランだけ。
ここから我慢も覚える。
大きくなってから取り返すのは難しい。

***

食については本当に頭が痛い。
息子の偏食は、多少はがまんして食べることもあるけれど、ほとんど改善する予兆もなし。
いろんな人からいろんなことを言われるけれど、よくよく聞いてみると、子どもが偏食で困った経験がない人があれこれ言ってくるケースがほとんどで、強引にまとめてみると

  • 母親の料理がまずい
  • 母親が子供に甘い

という2点に集約されているような気がする。

そうね、お母さんですよね。

で、日本とわりと対極にあるフランスの家庭料理事情を見てみると、

  • 料理のできない人がたくさんいる
  • 家で作るものは冷凍食品などをチンする

出典) フランス番長 おふくろの味はゆでタマゴ ~フランス家庭料理事情
※フランス番長は、すごくおもしろいので、他の記事もおススメ。

フランスって、調べれば調べるほど驚愕の国である。
まず、「は?なんで母乳で育てなくちゃいけないのよ。おっぱいの形が悪くなるでしょ」と、ほとんどがミルク育児なんだそうである(最近、見直されつつあるらしいけれど)。
日本の母乳神話ってなんなんだろうなと思う。
出典) 母乳 - おフランスの子育て事情・少子化対策

もちろん、食が大事だっていうことはよくわかってはいるんだけれど、事情のよくわかっていない外野の話はスルーしてもいいよね、とここでも戦わないことにしている。

4/30/2013

転園、お母さん、涙

お花とタイタイ - 戦わない子育て -

転園して、タイタイも小さな胸を痛めております。
まあ、当然のことではあるのだけれど、それは想像以上に子供にとっても親にとってもそれ相応のダメージがある。
もちろん、世の中にはもっと理不尽なことがたくさんあって、それに対して乗り越えられるだけの精神的体力は必要なのだ。だから、ここは「かわいそうに」などと寝言は言っていないで、とにかくお互い踏ん張り乗り越えるしかない。

転園して最初の1週間は、慣らし保育として16:30ごろのお迎えだったが、お昼寝もできるようになったので、2週目から18:15お迎えにする予定だった週末のこと。
お風呂で突然息子に「明日はおやつ食べたらお迎えくるの?」と聞かれ、正直に「明日は前の保育園とおんなじ6時にお迎えだよ」と答えたところ、「どうしてなの・・・」と目に涙をいっぱいためて、しくしくと泣きだした。
タイタイは、悲しみをこらえたような泣き方をする。
口をへの字に曲げ、最初は声を震わせて「なんで・・・」と言い、ぽろぽろと涙をこぼすのである。
芦田愛菜ちゃんばりに涙を誘うのだ(あくまで、親の目線である)。

お風呂に上がった後も「前の保育園は、○くんと×くんがいたでしょ」などと超がつく仲良しだった二人の名前を挙げてきた。「あとね、△先生が良かった」(←前の保育園の担任の先生)
私もとても悲しい気持ちになった。
ただ、よくよく聞いてみれば、お母さんさえ一緒にいれば、今の保育園だろうが前の保育園だろうがどうでもいいようだった。
これならまだ救いようがある。

私がへこんで台所に立っていたら、するするとタイタイがやってきて、私の後ろからそーっと抱きついてきた。
何も言わず、ただただ抱きついていた。
その仕草があまりに自然で見事で、
タイタイの小さな手を握ったら、温かくて、

やっぱり泣いてしまった。

子供ってすごいな、と思う。

4/23/2013

【メモ】 待機児童関連記事

転園やら何やらで気ぜわしくて更新が遅くなったのだけれど、先月、待機児童関連記事が立て続けに目に入ったので、メモ。
(本当に今さらだけれど。)

安倍政権によるマヤカシの「待機児童対策」:露骨な株式会社ハズシで先祖がえりする自民党「子ども・子育て会議」 (鈴木亘) - BLOGOS(ブロゴス)
(2013年3月14日付)

私は、鈴木先生が切り口も語り口もわかりやすい上はっきりしていて好きである。
株式会社が保育事業に参入することが、いかに難しいかがよくわかる。


解消しない待機児童問題に親の怒り爆発! 姑息な株式会社外しではなく根本議論を|inside|ダイヤモンド・オンライン
(2013年03月20日付)

こちらも株式会社参入を含めた記事。
最終ページに橋井健司・新教育デザイニング社長のインタビューが載っていて、
「認可か認可外か、社会福祉法人か株式会社かと争う議論だけにこだわるのではなく、国として保育問題に本腰を入れないと世界の中での幼児教育のレベルは低いままだし、待機児童問題も解決しない」
というのは、まったくその通りだと思う。
保育の質が下がるから株式会社なんかに任せられるか、という議論自体、ナンセンスだと思う。
認可保育園の「保育サービス」に関しては、私もいろいろ思うところがある。


待機児童問題を考える前に、そもそも保育園の歴史を振り返ってみようか(駒崎弘樹) - BLOGOS(ブロゴス)
(2013年03月20日付)

「そもそも」がわかりやすかった。
強引にまとめると、元は戦後復興期に作られた託児所という名の配給制度だったのが始まりで、女性がここまで働きに出ることは想定されておらず、かといって時代に合わせて制度が変わることのないまま来てしまったため、ひずみが生まれた、という内容。


待機児童の理由は何か  駒崎弘樹さんに伝えたいこと | 宮本徹 いま言いたい
(2013年03月21日付)

正直言って、この宮本徹という人が何をしようとしている人なのかさっぱりわからなくて、仕方がないので調べてしまった。
共産党の衆議院議員だった。 - 日本共産党 宮本徹ホームページ
駒崎さんはもっと大きな話をしているのであって、認可保育園がどうのとか、無認可保育園がどうのとか、経済界が、営利目的企業が、みたいな話にもっていかれると、こちらとしてはうんざりである。
まあ、訴えやすい理屈なんだろうな。


認可保育園と認可外保育園における児童死亡率の差の検証|研究メモ
(2013年03月23日付)

世の中には根気があって、膨大な資料を調査してまとめるという才能のある人がたくさんいるのだなぁと感心する。
この方のいいところは、認可園がいいとか無認可園が悪いといった先入観なしに調査報告している点である。
死亡事故に関しては、無認可の方が確率が高いという結果になってしまったのだけれど、彼が報告している通り、より正確な実体をつかむには、保育園レベルのデータが必要になる。
実は一つの保育園で5人死亡事故が起きていた、ということもありうるわけで、数値自体が何万件もあるようなデータではないので、平準化するには若干無理があるだろうからだ。
でも、この取組自体は素晴らしい。
私もタメになる分析をしたいものだ。


おまけ>
田中ゆうたろう杉並区議はなぜ炎上したか? | Handmade Future!
(2013年2月27日付)

これは本当におまけ。
すごくおもしろい記事だった。
野田聖子議員の「中絶禁止」発言記事が独り歩きして炎上したことについても触れていて、記事の書き方一つで実際の発言がゆがめられてしまうのは、実に残念だと思った。
表題の田中議員については、私の人生には全く関係ないので、とくに触れない。

認可保育園空き状況 - 平成25年4月20日付

世田谷区がHP上で月に2回(5日・20日)、認可保育所の空き状況を更新している。
保育園空き数一覧 - 世田谷区

このページは更新されるだけでアーカイブがあるわけではないので、データを取って、PDFとして保存することにした。
2013年4月20日現在の認可保育園空き状況
※ 一ヶ所、赤くハイライトされているセルがある。これは元の世田谷区のデータが5歳児1に対して合計値が0だったため、5歳児の値を優先させて、合計値を1に修正したためである。
(気持ちに余裕があれば)毎月アーカイブを取りたいと思う(あくまでやる気ベース)。

0-3歳はほとんど空きはないけれど、4歳以上ならちらほら空きが出ている。
また、更新情報には反映されないタイミングで、待機されていた方に内定が出た可能性もあって、その場合も「空き情報」としては "0" となってしまうケースもあるので、3歳以下も動きがあったかもしれない。
(と、保育課の方が言っていた。)

保育関連に明るい風間ゆたか区議会議員もツイートしていた。
5月で転園できた方の噂は今のところ聞いていないのだけれど、実際どれくらいの人数が動いたんだろうか。
けっこうな人数が動いたのだとすると、4月で入れなくても、5, 6月にポン、と入れる可能性もある。

あきらめずに出し続けることですね。
(当たり前ですが)

4/05/2013

転園、入園お祝い会、慣らし保育

4月1日が新しく入園する子供たちの入園お祝い会だった。
在園児によるお祝いの言葉などがあり、その後は担任の先生に連れられて、新入園児は各クラスへ。
保育していただいている間、園長先生などから細かい説明があり、その後は保護者も各クラスへ行って、給食の様子を見学して、12:30で終了。

初日は会社を休んだ。夫婦で。
一緒に話を聞いた方が絶対いいから。

2日目以降は、児童の様子を見ながら慣らし保育。
内定後の面談でも園長先生から「いきなりたくさんの子供がいるところへ来ると、とっても疲れますから」と慣らし保育を強く勧められたのだ。
ただ、ご飯を食べ、お昼寝ができるようになれば、ほぼ問題ないということだった。

[慣らし保育]
  • 2日目
    お昼寝は一睡もできず。15:00ごろお迎え
  • 3日目
    ウトウトしただけ。昼食は好きじゃなかったこともあり、あまり食べず。
    先生には「保育園経験があるので、慣れるのが早いですね」と言われる。うーん、そうかな。
    16:30ごろお迎え
  • 4日目
    1時間ほど睡眠が取れた。お野菜を先生に介助されながら一口。
    おやつに好きなものが出たので完食、牛乳もおかわりできた。16:30ごろお迎え
  • 5日目
    先生とあまり話ができなかったのだけれど、本人によれば、
    「ダンゴムシ触ったよ!」
    「お昼寝いっぱい寝たよ!」
    「お友だちのお名前わかんなーい」
    「でも一緒に遊んだよ」

    連絡帳にもだいぶ馴染んだようなことが書かれてあった。16:30お迎え
1週間たって、保育園には行きたくない、と泣き叫ぶこともなく、比較的穏やかに慣れてきたようだ。
ただ、波はあるんじゃないかと思う。

今年度から変えたことがもう一つある。
登園はだんなさん、降園は私、と担当分けしたのだ。
(今までは全部私。)
私はその分、早く出社できる。
何もかも最初に全部変えてしまった方がいい、というのがだんなさんの意見で、私もそれに準じた。
今のところ、スムーズに移行している。

第7希望の認可園で、家から遠い、と泣きごとを書いたけれど、実際には、雨さえ降らなければ自転車通園は、家から徒歩5分だった認証園より楽なことがわかった。
寄り道しないし、重い荷物を手で持つ必要もない。
いきなり走り出す子供を追いかける必要も、「こらー!」「だめー!」と叫び続ける必要もない。
自転車に乗り、風に吹かれながら、子供と愉快に会話しながらいつの間にか家についてしまうという・・・

余裕じゃない?
(いやいや、どこかにトラップが。)

最後にひとつ。
子供は慣れるのが早いから、とよく言われることだけれど、それはちょっと違うと思う。
慣れないと生きていけないから、周りの様子を見て、馴染むために必死で努力した結果なんだと思う。
大人のように、その場凌ぎということができない。
彼らにとって、世界はいつでも全力投球なのだ。

3/29/2013

保育園最終日はぐちゃぐちゃだった

大親友と揉み合う - 戦わない子育て

今年度最終日、退園する保護者と示し合わせて、17:30頃から担任の先生へ花束とアルバムを贈呈することになった。
前日、JRが人身事故で30分以上停まってしまい、通い始めて3年間、一度もなかった延長保育を始めてやらかしてしまったので、「停まるなよー」と念じながらお迎え。贈呈式にはギリギリ間に合った。
先生方の計らいで、お部屋の一部を贈呈式用に使わせていただいた。

当然ながら、子供たちはなんだかよくわかっておらず、なぜかいつもはお部屋に入ってこないパパママがぞろぞろと入ってくるのでテンションが上がってしまった。
甘えん坊のタイタイは、私を見つけるとすぐに駆け寄ってきて、手をつないだまま離さない。
隣にいた女子ママは、そんなタイタイを見てびっくりしていた。
(お母さんにへばりついている子供はほかにいなかった。)

ザワザワしたまま、比較的落ち着いている子供により、先生方にお花とアルバムを。
涙が出る場面ではあったものの、興奮しすぎて叫ぶ子供やら、走り回る子供やらで、混乱のまま何となく終わってしまった。
後は先生方と記念撮影・・・も簡単にはいかず、保護者総出で山のように写真を撮りまくったけれど、もう本当に、えーと、ぐちゃぐちゃだった。

はい、あの、これが今年のコアラ組でした(苦笑)

担任の先生の言葉に、我が子らの集団パワーを改めて知り、またそれを何とか統率してくださった先生にも感謝しきれない思いが募り。

・・・しかし。
感傷に浸る間もないまま、なぜか子供たちが私に戦いを挑んできた。
私の背中に乗ってきたり、シャツの中に入ってきたり(おいこら)、いつの間にか鬼にさせられ、子供たちを次々になぎ倒したり。

燃えカスのようになって、何やらわからないままご挨拶して帰ってきた。

それが、タイタイが1歳からお世話になった、認証保育園での最後の登園日だった。
みんないい子だった。
私もすごく楽しかったよ。

3/23/2013

お別れ発表会、そして懇親会

お別れ発表会 - 戦わない子育て -

年度最後の行事、「お別れ発表会」だった。
クラスごとにお遊戯の発表があり、転園児の紹介と最後にクラスごとに分かれて担任の先生と別れを惜しむのである。
今年も卒園児はいなかった。

昨年は、転園する児童があまりおらず、ほとんど同じようなメンバーが繰り上がっただけだったのだけれど、今年は幼稚園へ行く子、認可保育園へ転園する子が半数以上あり、結局、クラス12名のうち、9名が転園することとなった。
残る人の気持ちを考えると、なんだかいたたまれない。

残る人は、認可園に落ちたわけではなく、それぞれ家庭の事情があってこの認証保育園に残ることになるわけだけれど、それでも、子どもたちにとっても、昨日までいた仲良しさんがいなくなることを納得するのはしばらく時間がかかるに違いない。

お遊戯は、12名全員が出てきた。
この時期に全員が揃うなんてすばらしい。
息子は最初から出ずっぱりで、すごく大きな声で歌を歌っていた。
いろんな先生から、「最初は泣いている印象しかなかったけれど、本当にたくましくなりましたね」的な贐(はなむけ)の言葉をいただき、感激してしまった。
そうか、うちの息子はそんなに泣き虫だったのか。

クラス単位で集まり、今年度の制作物をいただいた。
中身を見ると、すべて殴り書きでちょこっとしか描いていない。
お絵かきなどにはあまり興味がないことがとてもよくわかる。
おかしいな。誰に似たんだろう。
私もだんなさんも、図工は得意だったんだが。
なんだか、私の弟にすごく似ている気がする。
(私の実弟は読書きらい、お絵かき嫌い、作文嫌いである。)

さて、時間をおいて、夜から先生方をご招待して謝恩会。
※実際には、会社の方針で、無料パーティに呼ばれることはご法度なので、先生方からもいくらか徴収しての「懇親会」という形を取った。
居酒屋で一部屋貸し切りの大パーティである。

私は学生のころから小さい子にじーっと見つめられることが多かった。
どうやら小さい子だけに反応するオーラを出しているようである。
気づいたら、息子をはじめ、4,5人が私の周りに集まって、上に登ったり背中から攻撃されたり、もみくちゃにされてしまった。
たまたま前の席に担任の先生がいらしたので、えーと、いつもこんなにすごいんですか?と聞いたら、
はい、もう、すごいです。
命の危険を感じたことないですか?
たまに、顔の上にお尻が乗ってくることがあって、その時は息ができないんでヤメローって叫びます(笑)
笑い事じゃないわー。

やはり、保育士って体力あってなんぼですね。
私には無理です。

最後は子守は先生にお任せして(すみません)、私は園長先生や退職される先生などを捕まえていろいろとお話しさせていただいた。
今年は本当に素晴らしかった。
担任の先生も良かったし、園長先生も素敵だった。
ここに園庭があって、たくさんのお友達がいたらどれだけよかったか。

3年間、本当にお世話になりました。
あと5日、元気に通わせます。

3/15/2013

お別れ遠足

お別れ遠足のお弁当 - 戦わない子育て -

年度末です。
仕事も忙しいけれど、子供も保育園もそれはそれは忙しい。

今日は1年仲良く過ごしたクラスのお友だち(+先生2名)でのお別れ遠足だった。
前日は寒くて雨模様だったけれど、今日はまさに遠足日和、素晴らしいお天気だった。

私鉄に2駅乗って、そこから5分くらい歩いて、すごく広い公園で遊び、みんなでお弁当を食べ、また私鉄に乗って帰ってくる、という大イベント。
先生の引率のことを考えただけで、けっこうクラクラする。
子供って集団になると、破壊力がすさまじくなるのは、みなさまご存知の通り。

私も慣れないお弁当ということで、前日からソワソワであった(小心者だ)。
息子に聞いたら、
おいなりさんと~
からあげと~
はんばーぐと~
と、リクエストされたので、だいたい好みに合うものに。

***

お迎えに行ったら、靴はドロドロになっていて、服も全部取り換えていた。
靴下は取り返しのつかない色に変っていた。
公園に着いたとたんに、「もうお弁当食べる?」「お弁当まだ?」と聞き、お弁当を食べ終わった後は「もっとお弁当食べたかった!」と言っていました~
(先生談)

そんなにお弁当が楽しみだったとは!
お稲荷さんももう1個入れたかったんだけれど、入らなくてねー。ははは。
もっと大きいお弁当箱買わないとね。

3,40分くらい、ほとんど休みなしでみんな走り回って、子供たちも、そして先生方も大満足で帰ってきたそうだ。
夜はやっぱりぐったりしていて、お風呂で頭洗いたくない!とゴネられた。
だって、今日はお外でいっぱい遊んだし、汗かいたんだから洗わないと!と説得していたら、

ちがうよ!きょうは、おそとで おはなを みただけなんだよ!

と、切り返された。

だれだー!素直な4歳児に悪知恵入れ込んだのはー!

3/11/2013

今日も無事に家族全員家に帰ることができました


今日もタイタイをいつもの時間にいつも通りお迎えに行って、いつも通り帰宅して、一緒にご飯を食べ、お風呂に入り、ちょっと遊んで二人で寝られたことに感謝します。
だんなさんも23時くらいには帰宅して、二人でちょっとたわいもない話をして、家族3人そろってお布団に入って寝られたことに感謝します。

大災害がいつどこで起こるかわからないように、不慮の事故や様々な要因で家族が欠ける事態に陥る可能性はだれにでもある。
震災特番で「あの日あの時」がさんざん取り上げられていたけれど、だれにでも大切な人の命日はそれぞれあり、確かに3月11日はたくさんの命が亡くなり、大変なショックを受けたけれど、でも、(よく言われていることだけれど)それは一人の名前のある誰かが亡くなった事件が何万件もあったのだ、というのが実際だと思う。

たまたま、私(と私の家族)は天災や事故に遭うこともなく、生きているけれど、これだっていつどうなるかわからない。
息子が孤児になってしまうこともありうるし、逆に私が一人で生き残る場合もあるかもしれない。
今は、息子のためにも死ぬのが一番怖い。
だから、とにかく、生きることが最大の使命。

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そうだ、いつだって誰かの記念日だし、いつだって誰かの悲しい日なのだ。↓